本稿では、植民地期ケニアにおけるキリスト教宣教会による「民族語」への聖書翻訳とその頒布が、現代ケニアの出版文化に及ぼした影響を検討する。既存研究においては、宣教会による識字教育や出版活動が知的エリート層の形成やナショナリズムの涵養に寄与した側面が強調されてきた。一方で、こうした活動を支えたキリスト教的イデオロギーについては十分に検討されてこなかった。本稿では、このイデオロギーに注目し、ケニア植民地で英国聖公会宣教会(cms)が展開した「民族語」への聖書翻訳および頒布の実践を分析する。とりわけ、cms が運営した書店に関する史料を手がかりに、イデオロギーを重視した宣教活動の結果、「民族語」の書籍はキリスト教関連に限定され、他の一般書や実用書といったジャンルで周縁化された実態を明らかにする。また、こうした偏りは独立後も引き継がれ、言語間の格差を固定化する一因となった。以上の検討を通じて、本稿は、聖書の翻訳と頒布にかかわるキリスト教的イデオロギーが植民地政府の言語政策とも交錯しつつ、ケニアにおける出版文化の形成にいかに関与したのか、その歴史的過程を明らかにすることを目的とする。
Kasumi KIMURA (Sun,) studied this question.