本稿は、高度成長期後半の日本で盛んに論じられた「管理社会論」を、科学的合理性によって正統化される専門家支配(テクノクラシー)への批判言説として位置付け、その多面的展開を検証するものである。第1章では、テクノクラシーと官僚制との関係に着目しながら、20世紀におけるテクノクラシーの理論史を概観する。第2章では、1967年を境に注目を集めた「未来学」が学園紛争期の言説空間と複雑に交錯する背景を踏まえ、雑誌『現代の理論』「特集管理社会論の検討」(1969年10月号)を中心にテクノクラシー論と管理社会論の接点を探る。ここでは、テクノクラート層が管理社会の推進者となるのか、あるいは対抗勢力となるのかという未決の問いが争点となる。以上の議論を視野に入れながら、第3章では栗原彬と松下圭一の管理社会論を比較する。個人の自己決定権を侵蝕する管理社会の仕組みを告発し、周縁部の抵抗に突破口を見出す栗原と、技術の背後にある政治の機能を強調しつつ、市民内部に存在する多様な専門性や自発性に期待をかける松下の観点を手掛かりに、テクノクラシーとデモクラシーの関係を問い直す。
Sungeun Cho (Wed,) studied this question.