ヘンリー・ジェイムズによる長編小説『 ある婦人の肖像』 (1881) は、ジェイムズの初期作品群の中での頂点に達した作品と言われている。この作品では、男性、女性を問わず登場人物のセクシュアリティは、時として薄められたり消去されたり、逆に強調されたりする。そうでない場合も、彼らのセクシュアリティには揺らぎが生じ、それらが複雑に交差する。これまでの批評では、特に男性登場人物のマスキュリニティに対する考察が多くなされてきた。また、主人公イザベル・アーチャーと男性登場人物間のヘテロセクシャルな関係も、それに関連して論じられてきた。しかし、この作品ではまた、女性登場人物のセクシュアリティの揺らぎゆえに、彼女たちがお互いに力を及ぼしあい、作用しあう様子が巧妙に描かれている。それゆえ、従来の男女間のセクシュアリティに関する議論に加えて、他の女性登場人物とイザベル、またイザベルをめぐり織りなされる女性登場人物同士の関係性についても議論を広げることが必要だ。 このような描写が作品に取り入れられた背景を考えるとき、小説が描かれた19 世紀末から20 世紀への過渡期の様々なパラダイムの変化を考慮に入れることが重要である。セクシュアリティに関するパラダイムの変化も例外ではなく、新旧入り混じる価値観のなかで、個人の性のあり方を模索した人々の揺らぎをリアルに描こうとしたのがこの作品だ。イザベルやパンジー・オズモンドのフェミニニティが打ち消されるようなプロット、その逆に、不自然にマスキュリニティが強調されたグッドウッドのキャラクターなどが、なぜ作品の装置として機能しているのかといった謎解きの過程で、作品であえて語られない部分を吟味することが重要である。そうすることで初めて、フェミニンやマスキュリン、セクシュアルやアセクシャルといった二元論的解釈を超えた解釈が可能となる。
Tomoko Inoue (2025) studied this question.
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