破傷風は適切な予防接種によって防ぎうる重篤な感染症である。破傷風トキソイドは製造工程の適格性に疑義が生じたことから2025年6月19日から限定出荷,7月9日から出荷停止となり,8月1日以降も限定出荷のまま供給が不安定な状況が続いている。本出荷制限下に経験した破傷風の1例を報告し,安定的な供給体制を構築する必要性を提言する。 倫理委員会の承認は症例報告のため不要である。個人が識別されないように情報を加工した。患者およびその家族から論文の投稿および公表に関する同意を得た。個人情報保護法を遵守している。薬剤の適応外使用はない。 患 者:66歳の男性 主 訴:嚥下困難 既往歴:関節リウマチ 生活歴:農業に従事し,ADLは自立している。破傷風ワクチンの接種歴なし。 現病歴:2025年6月30日に嚥下時の違和感を自覚した。7月1日から嚥下困難となり経口摂取ができず,呼吸困難を認めるようになった。7月2日に近医で上部消化管内視鏡とCT検査を実施したが異常所見なし。7月3日に当院耳鼻科で喉頭ファイバーを施行したが原因病変を認めなかった。7月6日,呼吸困難が増悪したため救急搬送となった。 現 症:血圧144/102mmHg,心拍数105/分,呼吸数20/分,SpO2 99%(酸素10L/分リザーバー),体温38.5℃,Glasgow coma scale 14(E4V4M6)であった。開口は1cmで,唾液の嚥下は不可能だった。感染創は認めなかったが右下腿に痂皮形成を伴う古い創傷があった。 血液検査所見:White Blood Cell 9,100/μL, C–reactive protein 1.65mg/dL, Creatine Kinase 777U/L 頭部CT検査:出血や梗塞を疑う所見なし。 入院後経過:破傷風,脳梗塞,ギラン・バレー症候群等を鑑別と考え入院とした。胃管挿入時に全身強直間代性痙攣が誘発されたが,意識清明であった。唾液貯留によるSpO2低下があり,痰吸引の刺激によって痙攣を繰り返した。ジストニアを来すような薬剤治療はなく,構音障害の他に神経学的異常所見はなく脳梗塞とは考えにくいと判断した。また,弛緩性麻痺は認めず臨床症状からはギラン・バレー症候群も否定的と考えた。開口制限,意識清明下での強直性痙攣,農作業歴から破傷風と診断し,気管挿管し鎮静,鎮痛下で人工呼吸管理とした。破傷風免疫グロブリン2,000単位を静脈投与し,破傷風トキソイド0.5mLを筋注した。第2病日に気管切開を施行した。第14病日には痙攣発作は消失し,鎮静薬を漸減し終了した。第44病日時点で人工呼吸器を離脱し自宅退院に向けてリハビリテーションを継続している。 破傷風はClostridium tetani(C. teteani)が産生する神経毒素により発症し,成人での致死率は約5〜50%とされている 1。C. teteaniは嫌気性菌で土壌に広く存在し,農作業従事者は感染ハイリスクとなる。日本では戦後,年間1,000例以上の報告があったが,1952年の破傷風トキソイドワクチンの導入,1968年の三種混合ワクチンの定期接種化によって報告数は激減し,現在は年間100名程度とされている 2。1968年以前に出生した患者は基礎免疫が獲得されておらず,3回接種後,10年ごとに追加接種が必要である 3。罹患により免疫は誘導されない 1ため,治療と並行して破傷風トキソイドによる能動免疫の付加も推奨される。 本患者は出荷停止直前の院内在庫を使用し初回の破傷風トキソイドを接種することができた。その後,破傷風トキソイドの出荷停止により,破傷風免疫グロブリン製剤の使用が増加し破傷風免疫グロブリン製剤も限定出荷となった 4。破傷風トキソイドは7月29日以降は限定出荷に変更されているが,依然供給が不安定な状況が続いている。7月30日には日本感染症学会が声明を発表した 5。当院では破傷風ワクチンが出荷停止となり,破傷風感染ハイリスクの患者に対しても破傷風トキソイドの初回投与を行うことができなくなった。出荷停止から出荷制限に変更されてから在庫は確保されたが,ハイリスク症例に限って初回投与を行っている。2回目以降の接種については現時点では目処が立っていない。破傷風は予防しうる疾患である。しかし,この出荷制限に伴い破傷風の発症が増加する可能性があり,注意が必要である。全国の救急外来において,急性期の創傷治療と破傷風トキソイドの投与が行われている現状から,本件が救急診療に与える影響は甚大であり,本学会からも何らかの対応策についての言及がなされることを期待する。学会と国は破傷風トキソイドの安定供給ができる体制を早急に構築する必要があると考える。 本論文に関して,開示すべき利益相反はない。
文子 et al. (Sun,) studied this question.