低濃度トリクロロエチレン(TRI)蒸気に暴露された労働者に中枢神経系障害や心機能障害,またこれらの障害を反映する自覚症状も報告されている.脳と心臓はTRIに対して高い感受性をもつ標的器官であると考えられる.我々は,無麻酔・無拘束ラットに低濃度TRI蒸気を長期にわたって反復暴露し,覚醒・睡眠量と心拍数を測定した. TRI暴露の濃度,期間とこれらの生理指標値との間のdose-effect関係を求め,短期TRI暴露の結果(既報)と比較・検討することにより,これらの機序および現行TRI許容濃度を考察した.頭頂皮質脳波,筋電図,心電図測定用電極を慢性的に埋め込んだJCL-Wistar雄ラット1群5匹に,それぞれ50, 100,または300 ppm TRI×8 h (10:00-18:00)/d×5d/wk×6 wk反復暴露した.ポリグラフ測定は, 2, 4, 6各週最終暴露日を含めて32時間実施した.別群のラットに清浄空気を連続6週間暴露し, 2, 4, 6週ごとに得られたポリグラフ記録からの生理指標値を対照データとして用いた.脳波パワースペクトル連続分析によって異常脳波をチェックした.覚醒(W),徐波睡眠(SWS),逆説睡眠(PS)の単位時間に占める時間数は,ポリグラフ記録の視察判定によって求めた.単位時間の平均心拍数は,パソコンに保存した10秒ごとのR波数の時系列値から算出した. W, SWS, PS各段階の心拍数も算出した.覚醒・睡眠時間数と心拍数に関する暴露濃度と期間の影響は2-way ANOVAとNewman-Keuls法で検定した.今回のTRI濃度範囲と反復暴露期間では,異常脳波および姿勢維持機能障害などの行動変化は認められなかった.覚醒・睡眠に関して,清浄空気暴露群と比較して,暴露期間中の覚醒時間は50 ppm暴露より暴露濃度に依存して有意に低下した.心拍数サーカディアンリズムは,暴露濃度の上昇,期間の延長とともに障害される傾向を示した.心拍数低下傾向は暴露期間中よりも終了後に顕著であった.暴露終了後22時間平均心拍数は,清浄空気暴露群と比較して, 100と300 ppm暴露群で有意に低下し,また暴露期間延長とともに低下した.さらに暴露終了後のSWSとPS段階における心拍数は, 50 ppm暴露群より有意に低下したが, W時の心拍数は50 ppm暴露後に有意に増加した後, 100, 300 ppm暴露で低下し,睡眠時心拍数の低下は覚醒時の心拍数低下よりも顕著であった.TRI短期暴露(既報)では,覚醒時間の有意な減少は1,000 ppm,心拍数の低下は300 ppmより出現した.今回の長期反復暴露では,有意な覚醒時間の減少と心拍数の低下は,短期暴露の濃度より低濃度で発現することが判明した.長期反復暴露による有意な生理指標値の変化の低濃度暴露化は, TRIに対する標的器官の感受性増強または肝異物代謝酵素の誘導などの要因に起因すると考察される.心拍数低下の機序として心臓支配の交感-副交感神経系の相反作用の副交感優位性が示唆された.また現行のTRI許容濃度(50 ppm)と同じ濃度の6週反復暴露によって暴露中の覚醒の減少と暴露終了後の心拍数低下が惹起されるという今回の知見は,低濃度TRI暴露労働者に眠気や易疲労感などの自覚症状が高率で観察されるという若干の報告と併せて,現行TRI許容濃度を再検討する資料となりうると考えた.このような自覚症状が睡眠時無呼吸症などの睡眠障害の典型症状であることや睡眠時無呼吸症の発症に有機溶剤暴露が大きく関与しているという最近の報告などを考慮すると,今回の知見は,ヒトの有機溶剤暴露の睡眠・覚醒障害の病態生理学的証拠を提供すると考えられる.
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Arito et al. (1994) studied this question.